アカウント名:
パスワード:
著作権って、非常にアバウトに何でもかんでも禁止できる権利なのに、特に申請やら登録やらも不要で、安易に振りかざすのは公益性の観点であまりよろしくない。
ただ、興行として試合を中継しているんだから、商売の邪魔するのは許せないってのは理屈としてはまあ分かる。わかるけど、ネガティブな副作用が強いからパブリシティ権 [wikipedia.org]に近い性質のものを無理やり著作権に当てはめて制限するのはそろそろやめたほうが良いんじゃないかと。制限するな、という話ではなくて、パブリシティ権的なものをちゃんと定義して、知財法に組み込むべきなのでは。そういう部分がきちっとできていれば、創作活動を萎縮させる重すぎる著作権侵害罰則を緩めても大丈夫になるはず。
> ただ、興行として試合を中継しているんだから、商売の邪魔するのは許せないってのは理屈としてはまあ分かる。
ITmedia:「棋譜」に著作権はある? 「無断中継」なぜNG? 朝日新聞に聞いた [itmedia.co.jp]の記事内での弁護士の意見としては、
主催者などに無断で棋譜中継を配信した場合、法的にどのような問題があるのか――弁護士の伊藤雅浩さん(内田鮫島法律事務所)は、「棋譜自体にはおそらく著作権はない」が、無断で配信する行為が「民法上の不法行為に当たる可能性はある」と話す。(中略)一方で、非公開の棋戦の棋譜の無断配信は「不法行為に当たる可能性はある」と話す。「朝日新聞社は、将棋連盟に契約金を支払って棋譜を独占的にネット中継している。それを見た第三者が勝手に棋譜を配信すると、朝日が独占的に中継できる利益を侵害する不法行為に当たる可能性がある」との考え方だ。
朝日新聞の見解も載っています。
「朝日杯将棋オープン戦」は、朝日新聞社と日本将棋連盟が共同で主催しています。本棋戦の中継は、両者間の契約に基づいて行っています。朝日新聞社と日本将棋連盟は、主催者として本棋戦の対局における棋譜を独占的に放送し、配信し、その他の方法で利用できる権限を有しており、そうした主催者としての権限は、法律上保護されるべき利益に係る権利というべきものです。
そこで、両者の許諾を得ずに棋譜を配信する行為は、主催者としての上記権利を侵害し、不法行為に該当し得ると考えております。将棋の棋譜の著作物性について議論があることは承知していますが、その点についての解釈のいかんにかかわらず、弊社としては上記の見解に基づき、YouTube上での棋譜の生中継について、お控えいただくようお願い申し上げた次第です。
「法律上保護されるべき利益」ってグレーゾーンの代表選手みたいなやつだからね。そういう主張をするのは勝手だけど、法律上保護されていない(保護している法律を答えられない)以上、この主張は無理筋。
この主張が通るなら、スポーツの結果は上納金を払わないと一切報道できなくなる。離婚騒動の記者会見も呼ばれてない人がコメントしたらアウトだ。
どうしてそうなるのか、理屈がわかりません。Wikipedia の不法行為 [wikipedia.org]あたりを読んではどうでしょう。
この判断は後の大学湯事件で変更される。この事件は「大学湯」というのれん(老舗ともいう)に対する侵害について不法行為責任を追及したものである。原審は「のれん」が法律上の権利ではないという理由で不法行為の成立を否定したが、大審院は709条の「権利」とは不法行為による救済を与えるべき利益のことであるとして「権利」を広く解釈した(大判大14・11・28民集4巻670頁)。(中略)以上のように判例・学説では法律上の権利か否かを問わず法律上保護すべき利益に対する侵害があれば不法行為が成立すると解されるようになった。これら不法行為の法益を広く捉える見解は2004年の民法改正において法文に取り込まれ、「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ…」という709条の規定が「故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は…」と改正された。
「法律上保護すべき権利」って、厳密な意味での「法律」に書かれてなくても、例えば憲法で保護されてるとか、法体系のどっかには引っ掛かるような権利だよ。ある種の新規な公害が現時点で法律に反してなくても、相手を訴える時とかに使われてきた。肖像権とかプライバシー権とかは昔の法律には書かれてなかったけど、学説上は権利として存在していたり、あるいは「健康で文化的な生活を送る権利」が「公害を差し止める権利」のように拡大解釈したときに是認するためもの。
棋譜に関しては放送局を曖昧な形で保護しても社会にメリットがないだろう。「法律上保護すべき権利」はそんなチャラいもんじゃない。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
著作権で考えないほうがいい (スコア:2)
著作権って、非常にアバウトに何でもかんでも禁止できる権利なのに、特に申請やら登録やらも不要で、安易に振りかざすのは公益性の観点であまりよろしくない。
ただ、興行として試合を中継しているんだから、商売の邪魔するのは許せないってのは理屈としてはまあ分かる。
わかるけど、ネガティブな副作用が強いからパブリシティ権 [wikipedia.org]に近い性質のものを無理やり著作権に当てはめて制限するのはそろそろやめたほうが良いんじゃないかと。
制限するな、という話ではなくて、パブリシティ権的なものをちゃんと定義して、知財法に組み込むべきなのでは。そういう部分がきちっとできていれば、創作活動を萎縮させる重すぎる著作権侵害罰則を緩めても大丈夫になるはず。
しもべは投稿を求める →スッポン放送局がくいつく →バンブラの新作が発売される
Re:著作権で考えないほうがいい (スコア:3)
> ただ、興行として試合を中継しているんだから、商売の邪魔するのは許せないってのは理屈としてはまあ分かる。
ITmedia:「棋譜」に著作権はある? 「無断中継」なぜNG? 朝日新聞に聞いた [itmedia.co.jp]の記事内での弁護士の意見としては、
主催者などに無断で棋譜中継を配信した場合、法的にどのような問題があるのか――弁護士の伊藤雅浩さん(内田鮫島法律事務所)は、「棋譜自体にはおそらく著作権はない」が、無断で配信する行為が「民法上の不法行為に当たる可能性はある」と話す。
(中略)
一方で、非公開の棋戦の棋譜の無断配信は「不法行為に当たる可能性はある」と話す。「朝日新聞社は、将棋連盟に契約金を支払って棋譜を独占的にネット中継している。それを見た第三者が勝手に棋譜を配信すると、朝日が独占的に中継できる利益を侵害する不法行為に当たる可能性がある」との考え方だ。
朝日新聞の見解も載っています。
「朝日杯将棋オープン戦」は、朝日新聞社と日本将棋連盟が共同で主催しています。本棋戦の中継は、両者間の契約に基づいて行っています。朝日新聞社と日本将棋連盟は、主催者として本棋戦の対局における棋譜を独占的に放送し、配信し、その他の方法で利用できる権限を有しており、そうした主催者としての権限は、法律上保護されるべき利益に係る権利というべきものです。
そこで、両者の許諾を得ずに棋譜を配信する行為は、主催者としての上記権利を侵害し、不法行為に該当し得ると考えております。将棋の棋譜の著作物性について議論があることは承知していますが、その点についての解釈のいかんにかかわらず、弊社としては上記の見解に基づき、YouTube上での棋譜の生中継について、お控えいただくようお願い申し上げた次第です。
Re: (スコア:0)
「法律上保護されるべき利益」ってグレーゾーンの代表選手みたいなやつだからね。そういう主張をするのは勝手だけど、法律上保護されていない(保護している法律を答えられない)以上、この主張は無理筋。
この主張が通るなら、スポーツの結果は上納金を払わないと一切報道できなくなる。離婚騒動の記者会見も呼ばれてない人がコメントしたらアウトだ。
Re:著作権で考えないほうがいい (スコア:3)
「法律上保護されるべき利益」ってグレーゾーンの代表選手みたいなやつだからね。そういう主張をするのは勝手だけど、法律上保護されていない(保護している法律を答えられない)以上、この主張は無理筋。
どうしてそうなるのか、理屈がわかりません。Wikipedia の不法行為 [wikipedia.org]あたりを読んではどうでしょう。
この判断は後の大学湯事件で変更される。この事件は「大学湯」というのれん(老舗ともいう)に対する侵害について不法行為責任を追及したものである。原審は「のれん」が法律上の権利ではないという理由で不法行為の成立を否定したが、大審院は709条の「権利」とは不法行為による救済を与えるべき利益のことであるとして「権利」を広く解釈した(大判大14・11・28民集4巻670頁)。
(中略)
以上のように判例・学説では法律上の権利か否かを問わず法律上保護すべき利益に対する侵害があれば不法行為が成立すると解されるようになった。これら不法行為の法益を広く捉える見解は2004年の民法改正において法文に取り込まれ、「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ…」という709条の規定が「故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は…」と改正された。
Re: (スコア:0)
「法律上保護すべき権利」って、厳密な意味での「法律」に書かれてなくても、例えば憲法で保護されてるとか、法体系のどっかには引っ掛かるような権利だよ。ある種の新規な公害が現時点で法律に反してなくても、相手を訴える時とかに使われてきた。肖像権とかプライバシー権とかは昔の法律には書かれてなかったけど、学説上は権利として存在していたり、あるいは「健康で文化的な生活を送る権利」が「公害を差し止める権利」のように拡大解釈したときに是認するためもの。
棋譜に関しては放送局を曖昧な形で保護しても社会にメリットがないだろう。「法律上保護すべき権利」はそんなチャラいもんじゃない。