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開いた括弧は必ず閉じる -- あるプログラマー
燃えやすいゴミがあるからといって、放火していいわけではない (スコア:3, すばらしい洞察)
「炎上」と言ってるが、「放火」した人の問題(ブログを2ちゃんねるに晒したとか)はどうなんでしょうか。
個人的意見ですが、きんもー発言での祭りや突撃はやりすぎ。
「客商売の人間は客の悪口を言ってはいけない」という至極真っ当な意見もキレイ事。(個人攻撃にならない範囲で)むかつく客がいた、ってことくらいは書ける世の中のほうがいい。
炎上=燃え上がった側の問題と理解されることが多いですが、私個人は個人ブログの範疇では「放火魔がケンカを売りつけて火を放った」って理解なのですが。
Re:燃えやすいゴミがあるからといって、放火していいわけではない (スコア:0)
ゴミを公共の場に放置する方には寛容なんですな。
Re:燃えやすいゴミがあるからといって、放火していいわけではない (スコア:2, 参考になる)
#今時は2ちゃんねるだけど、昔は本物のアンダーグラウンドのサイト(種類:殺人犯などの情報の掲示板)に勝手にリンク貼られて大迷惑したことがある
Re:燃えやすいゴミがあるからといって、放火していいわけではない (スコア:3, 興味深い)
*: おおかた、誰でも入れるところは「公」ぐらいの認識なのではないかと思っていますが。
長くなっちゃったので私の結論を先に言うと、インターネット(上の特定のWWWページ)には「公道」や「公共空間」といったメタファは不適切で、せいぜい「ショーウィンドウ」あるいは「塀に張られた選挙ポスター」ぐらいのも
Re:燃えやすいゴミがあるからといって、放火していいわけではない (スコア:1)
-- 中盤部分は以下で差し替え願います --
さて、問題を元の「インターネット(上の特定のWWWページ)」に戻します。これらのページの大半は、自分が思ったこと、書き連ねたことを表現する場とします。そこには他人の気分を害するものも含まれているかもしれませんが、大半の書き手は「世界中に」語っているわけではありません。おおかた、(少数の)見たい人が見られるようにしている(あるいは、何も考えていない)、という程度のものでしょう。一方、見る側の立場からは、(時間さえ無限にあれば)世界中を見ることができる、という錯覚を覚えます。その結果、見る側の一部は、自分に向けられた訳ではない言葉を、あたかも自分(あるいは自分達)に向けられたように感じているように思います。
実際には、見る側にとって時間は有限ですので、これは錯覚です。見る側は、経過および結果はともあれ、見たいと思ったからこそそのページを見ているのです。ここが大事なポイントです。見たくなければ見ない自由を持つものは、公的とは言えません。少なくとも公共財では絶対にありません。新聞を含めたマスコミですら、その意味で私的な部分を残しています (もちろん、物理的な絶対量により公的な性質の方がはるかに強くなります)。しかし、WWWページにおける、見る側と見られる側の非対称性がひとたび発生すると、私的にはじめたものがマスコミ的な力でいきなり「公」に見える立場に引っ張り上げられるのです。
その結果、私的な空間で発した言葉がある日いきなり、「公」という規準で吟味されることになります。この非対称性はものの性質であって、どちらが正しいとか間違っているとかいう問題ではないと思います。