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http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20090203/184791/?P=3 [nikkeibp.co.jp]常識的な人間は沈黙を保つ
ゆえにネットの言葉に信憑性はないから中傷じゃなくて冗談ってことですよそのうち市民権を得られるでしょう
君ねぇその記事ちゃんと終わりまで読んでないでしょ。記事中にあるけど「ネットの言葉に信憑性はないから中傷じゃなくて冗談」と判断した東京地裁の判断を1/31に2審の高裁で引っくり返して中傷した会社員は有罪になったのよ。
市民権が得られるどころか「地裁判事のマイナーな意見」で終わりそうなのよ。
上告したはずですが。
> 確定判決は出てないから「有罪」ではないってことじゃないの?
だから「有罪が確定」とは書いてない。有罪判決が下りたことを「有罪になった」と表現するのはいけないことかな。
> > 市民権が得られるどころか「地裁判事のマイナーな意見」で終わりそう> 最高裁判決が出るまでは留保しておこうか
「終わりそう」は個人の主観的な予想です。「最高裁判決が出」てないことを承知しているから「終わった」という確定的な表現は避けてます。
apjじゃない別人の指摘ではあるが、 有罪判決が下りたことを「有罪になった」と表現したり 高裁判決から将来を予想したりを公に表現するのはいいんじゃないですか?なぜ単なる予想の公表まで「最高裁判決が出るまでは留保」を要請されなきゃいかんのですか? もっと表現の自由を尊重すべきだと思うんですがね。
AC(+apj)の考えでは判決が確定されるまで「有罪になった」「無罪になった」と表現しちゃダメですか?
>AC(+apj)の考えでは判決が確定されるまで「有罪になった」「無罪になった」と表現しちゃダメですか?
ダメだと考えます。有罪か無罪かは、判決が確定することによって決まりますので。
言う自由はあるでしょうけど、言ってることが「デマ」と変わらないのだという自覚はしてもらいたい。
追加です。確定判決でないことを承知の上で、判決そのものについて議論をする場合は、有罪になった、無罪になったという表現でも誤解は生じないと思います。ただ、今回の議論の流れでは、有罪か無罪かという結果を議論の前提にしようとしているように見えましたので、逆に誤解を招くと考えます。
なお、当該判決については、被告人の弁護人がhttp://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2009/01/post-83a7.html [cocolog-nifty.com]でまとめています。
真実性の判断の部分ついては、私もかなり疑問に感じています。いずれ、判決文が出てきて、高裁の判断が明らかになるでしょうけど。
名誉毀損について最高裁が示した判断自体は、昔の社会情勢を反映したものです。つまり、誰でも「公然と」発言することなど不可能で、「公然と」何かを述べるには、新聞や雑誌に載るしかなかった時代です。前提になっているのは、名誉毀損する側=資本と情報収集能力のあるマスコミ、名誉毀損される側=政治家、芸能人を含む個人、という図式です。当時は、力のある新聞社や雑誌社でないと、なかなか名誉毀損をするのが難しかったのです。ですから、表現する側に名誉毀損でないことや、真実性、真実相当性、公共性について立証責任を課すのは、バランスがとれていたのです。 しかし、ネットがこれだけ普及して、力の差のない個人同士で名誉毀損が争われることになると、本当にこのバランスでいいのかということは、再考すべき時期に来ていると思います。
高裁の判断は、最高裁の判断を緩和できないというのが理由になっているようですから、一度最高裁まで上げて、昔の判断基準を維持するのが今でもバランスがとれているのかどうかについて検討するのは意義のあることだと考えます。
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リテラシーの問題 (スコア:-1, 荒らし)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20090203/184791/?P=3 [nikkeibp.co.jp]
常識的な人間は沈黙を保つ
ゆえにネットの言葉に信憑性はないから中傷じゃなくて冗談ってことですよ
そのうち市民権を得られるでしょう
Re: (スコア:1, 参考になる)
君ねぇその記事ちゃんと終わりまで読んでないでしょ。記事中にあるけど「ネットの言葉に信憑性はないから中傷じゃなくて冗談」と判断した東京地裁の判断を1/31に2審の高裁で引っくり返して中傷した会社員は有罪になったのよ。
市民権が得られるどころか「地裁判事のマイナーな意見」で終わりそうなのよ。
Re: (スコア:1)
上告したはずですが。
Re: (スコア:0)
Re:リテラシーの問題 (スコア:0)
ってことじゃないの?
> 市民権が得られるどころか「地裁判事のマイナーな意見」で終わりそう
最高裁判決が出るまでは留保しておこうか
Re: (スコア:0)
> 確定判決は出てないから「有罪」ではないってことじゃないの?
だから「有罪が確定」とは書いてない。有罪判決が下りたことを「有罪になった」と表現するのはいけないことかな。
> > 市民権が得られるどころか「地裁判事のマイナーな意見」で終わりそう
> 最高裁判決が出るまでは留保しておこうか
「終わりそう」は個人の主観的な予想です。「最高裁判決が出」てないことを承知しているから「終わった」という確定的な表現は避けてます。
apjじゃない別人の指摘ではあるが、
有罪判決が下りたことを「有罪になった」と表現
したり
高裁判決から将来を予想
したりを公に表現するのはいいんじゃないですか?なぜ単なる予想の公表まで「最高裁判決が出るまでは留保」を要請されなきゃいかんのですか? もっと表現の自由を尊重すべきだと思うんですがね。
AC(+apj)の考えでは判決が確定されるまで「有罪になった」「無罪になった」と表現しちゃダメですか?
Re:リテラシーの問題 (スコア:1)
>AC(+apj)の考えでは判決が確定されるまで「有罪になった」「無罪になった」と表現しちゃダメですか?
ダメだと考えます。
有罪か無罪かは、判決が確定することによって決まりますので。
言う自由はあるでしょうけど、言ってることが「デマ」と変わらないのだという自覚はしてもらいたい。
Re: (スコア:0)
読むのも書くのももう少し慎重にしてください。それこそリテラシーの問題です。
Re:リテラシーの問題 (スコア:3, すばらしい洞察)
追加です。
確定判決でないことを承知の上で、判決そのものについて議論をする場合は、有罪になった、無罪になったという表現でも誤解は生じないと思います。
ただ、今回の議論の流れでは、有罪か無罪かという結果を議論の前提にしようとしているように見えましたので、逆に誤解を招くと考えます。
なお、当該判決については、被告人の弁護人が
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2009/01/post-83a7.html [cocolog-nifty.com]
でまとめています。
真実性の判断の部分ついては、私もかなり疑問に感じています。いずれ、判決文が出てきて、高裁の判断が明らかになるでしょうけど。
名誉毀損について最高裁が示した判断自体は、昔の社会情勢を反映したものです。つまり、誰でも「公然と」発言することなど不可能で、「公然と」何かを述べるには、新聞や雑誌に載るしかなかった時代です。前提になっているのは、名誉毀損する側=資本と情報収集能力のあるマスコミ、名誉毀損される側=政治家、芸能人を含む個人、という図式です。当時は、力のある新聞社や雑誌社でないと、なかなか名誉毀損をするのが難しかったのです。ですから、表現する側に名誉毀損でないことや、真実性、真実相当性、公共性について立証責任を課すのは、バランスがとれていたのです。
しかし、ネットがこれだけ普及して、力の差のない個人同士で名誉毀損が争われることになると、本当にこのバランスでいいのかということは、再考すべき時期に来ていると思います。
高裁の判断は、最高裁の判断を緩和できないというのが理由になっているようですから、一度最高裁まで上げて、昔の判断基準を維持するのが今でもバランスがとれているのかどうかについて検討するのは意義のあることだと考えます。
Re:リテラシーの問題(オフトピ) (スコア:0)
A: こういう記事があって、こういう判決があってうんぬん
B: あーソレ、2審でひっくりかえされてるけど
C: 今上告中だよ
ここまでの流れにフレームの要素があるとは思えません。
B: それがなにか?
D: つまりだなあ
(以下フレーム化)
もう一度流れを見返されることをお薦めします。